「消すな蝋燭」(横溝正史)

味わうべきは「情緒」です。

「消すな蝋燭」(横溝正史)
(「ペルシャ猫を抱く女」)角川文庫

「消すな蠟燭」(横溝正史)
(「消すな蠟燭」)出版芸術社

逢い引きした先で喧嘩別れした
京吉を追いかけた雪江。
嵐の夜に雪江が見たのは、
その原因をつくった
強欲な尼僧の庵に入ろうとする
京吉の姿だった。
意を決して
庵の中に入った雪江は、
尼僧が縊り殺されているのを
発見して…。

戦中に探偵作家の「私」が
疎開先の田舎で聞いた
「十二年前の話」という設定ですから、
時代は昭和初期です。
京吉が犯人として捕らえられたが
真犯人は別にいた、という
お決まりの設定なのですが、
横溝特有のその時代らしい
情緒に溢れた逸品です。
読みどころは…、
探偵小説のそれとは異なります。

本作品の味わいどころ①
名探偵は旅の「和尚」

昭和初期の地方の田舎が舞台とあって、
名探偵役の設定に苦慮したのでしょう。
知識人がいるわけでもなく、
金田一はまだ東京で
書生をしていた頃で
登場させようもなく、
「始終諸国の寺々を行脚してい」る
「徳の高い知恵のふかい」お坊さんの
法然和尚の登場と相成るのです。
創作の苦労が滲み出ています。

本作品の味わいどころ②
「蝋燭」が果たすいくつかの役割

表題にも使われている「蝋燭」が
トリックとしても
重要な材料となっています。
真犯人が犯行を隠そうとしたのも
一本の「蝋燭」なら、
京吉が犯人と疑われた原因も
同じその「蝋燭」、
そしてそれは雪江の元にあったものが、
運命の悪戯で
そこに存在してしまったのです。

本作品の味わいどころ③
雪江と京吉の「悲恋」

雪江は名家の跡取り娘、
京吉は好青年でありながら
零落した家の息子。
結ばれるはずもない二人が
やっとの思いで逢瀬を重ねていた。
そうした最中に起きた誤認逮捕です。
法然和尚の名推理で
事件は解決するものの、
京吉は警察の取り調べがもとで
命を縮め、
雪江もまた跡を追うように…。

その日雪江が京吉と喧嘩しなければ、
その「蝋燭」を
雪江が尼僧に貸さなければ、
殺人現場にあったその「蝋燭」の火を
雪江が消さなければ、
京吉に疑いはかからなかったのです。
雪江の後悔が
表題の「消すな蝋燭」なのです。

真犯人を特定する「新証拠」が、
真犯人の逮捕と
ほぼ同じタイミングで提示されるなど、
推理小説としては
幾ばくかの瑕疵はあります。
しかし本作品はミステリーよりも
「悲しい恋の物語」の要素が
前面に押し出されているのです。
味わうべきはトリックでも謎解きでも
真犯人捜しでもなく、
「和尚」「蝋燭」「悲恋」、
つまり「情緒」です。

(2019.4.21)

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